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Case Study|導入事例

ENEOS株式会社

ENEOS株式会社

最新型AFMによる驚愕の分解能とスループットを実感

国内有数のエネルギー・素材企業であり、石油元売り国内シェア5割のENEOS株式会社が脱炭素社会を目指す中、同社が2019年に発表した「2040年長期ビジョン」では「低炭素・循環型社会への貢献」という課題のもと、事業構造改革を進めています。そこから新たな価値を創造し脱炭素社会の貢献を進めているENEOS株式会社が、2021年3月にオックスフォード・インストゥルメンツのAFM(原子間力顕微鏡)「Jupiter XR」を中央技術研究所に導入しました。石油元売り企業がどのようにAFMを活用し、事業構造改革を進めているのか、ENEOS株式会社 中央技術研究所ソリューションセンターの佐藤氏にお伺いしました。

(敬称略)

ENEOS株式会社
中央技術研究所 ソリューションセンター 解析グループ

佐藤 瑠栄(さとう るさか)

ENEOS株式会社

https://www.eneos.co.jp/

【導入製品】大型試料対応原子間力顕微鏡「Jupiter XR(ジュピター エックスアール)」
【導入時期】2021年3月
【導入台数】1台
【導入前の課題】エラストマーの微小構造分析、金属表面に形成される潤滑油の被膜の評価
【導入後のメリット】nmスケールの構造分析や物性値による評価と大幅なスループット向上が実現

日本国内の石油元売り首位のENEOS株式会社が、石油という分野においてAFM(原子間力顕微鏡)をどのように活用されているのでしょうか?

【佐藤 氏】ENEOSは石油製品の製造・販売が主たる事業です。しかし、脱炭素の流れから自動車の省燃費化の進展、BEV (バッテリー電気自動車) への移行の加速などの複合的な要因のもと、ガソリンを含めた燃料油の需要は年々減少しています。そこで、ENEOSは燃料電池車向け、あるいは2021年に開催された東京オリンピックの聖火に使われた水素燃料や水素ステーションなど水素事業を推進しており、また廃プラスチックや使用済みタイヤなどのケミカルリサイクル等、カーボンリサイクルに向けた研究も行っています。そのような数多くの取り組みの一つとして素材開発があります。ENEOSは原油から精製した油類を販売するだけではなく、付加価値のある化学品合成用の原材料の販売を以前から行っていました。近年では、合成ゴム製品を開発し販売することを進めています。一例として、タイヤの製造などに使用する付加価値の高い合成ゴムの開発が挙げられますが、このような新規材料開発を進めるためには高度な評価技術が必要になります。中央技術研究所ソリューションセンターでは、様々な研究グループから届く多種多様な試料の試験分析を行っており、合成ゴムをはじめ高分子や金属表面などの観察や分析にAFMを活用しています。

今回のAFM導入前に、どのような課題があったのでしょうか?

【佐藤 氏】当時の課題としては、まず、数nmスケールのエラストマー(ゴム)の微小構造の分析がありました。当時、私たちのグループは、主に電子顕微鏡とそれに付随する検出器による分析を行っていました。STEM (走査型透過電子顕微鏡) を用いて試料内部の分散状況の観察を行う場合、試料を約100 nm厚の薄片に加工しますが、この加工が観察結果に影響します。これは、薄片サンプル加工者の技術水準や観察位置などにより結果が異なるためであり、比較評価が非常に困難となります。数nmからÅオーダーの解像度を有するSTEMを用いたとしても、試料加工における課題のために30~40 nmの解像度となってしまいます。さらに、電子線を照射することによる試料のダメージやそれに伴うアーティファクト(人為的要因によるノイズや誤差)のため、分析結果の再現性に大変苦労しました。そのため、STEMよりも高い分解能で、再現性高くエラストマーの内部構造を観察することが第1の課題でした。

第2の課題は、トライボフィルムとも称される金属表面に形成される潤滑油の被膜の分析です。私たちは、金属部品に潤滑油をかけながら摺動させて潤滑油の性能試験を行っています。潤滑性能を決定づけると言われている摺動面に形成される潤滑油の被膜の厚さ、組成、物性を評価することが課題でした。これは潤滑油を評価する一助になります。数nm~100 nm程度の薄い潤滑油被膜が金属表面に付着しているため、FIB (集束イオンビーム) によりサンプルを加工した後に加工断面をSTEM観察し、そして表面をXPS (X線光電子分光法)やEPMA (電子プローブマイクロアナライザー) を用いて分析します。しかしながら、最表面からの組成分析では、その被膜が金属表面に形成された被膜由来の成分なのか、単に金属表面に残った油なのかの判断はできません。また、形成されている被膜の物性や、表面の滑らかさといった状態などを合わせて、総合的に被膜の評価を行う評価技術を得るということが課題でした。

最後の課題は液中観察です。ENEOSではバイオ系の事業もいくつか手掛けています。一例ですが、私たちENEOSからアスタキサンチンも商品として販売されています。アスタキサンチンは、養殖の鮭やニワトリの飼料に混ぜて、鮭の身や卵黄を赤くする色素として利用されており、このアスタキサンチンを生成する菌類の観察も行っていますが、真空環境になってしまう電子顕微鏡ではない観察方法が課題でした。さらに、プラスチックを分解する菌類の研究も行われています。そういった多くの観察において課題がありました。

これらの課題を解決するため、約2年間AFMの情報調査を行いました。調査を進めると、現在のAFMは再現性という点において大きな進歩をしていることがわかりました。

当社のAFMを知った経緯、今回の装置選定のポイントは?

【佐藤 氏】まずJASISなどの展示会やAFMを扱っている各社のセミナーに参加し、資料を集めました。調査開始当初、AFMはTEM (透過型電子顕微鏡) に匹敵するほど分解能が高いと一般的に言われているものの、実際に使用すると鋭いAFMのプローブ先端を維持するのが困難で、最終的に何が観察できているのかわからなくなってしまう装置という先入観を持っていました。しかし、ハイエンドAFMでは再現性という点において大きく進歩していることがわかりました。そこで、ラインアップの中でもエラストマーの分析機会が多くなってきたことから、ハイエンドAFMにターゲットを絞り調査を行った結果、上位機種のCypher(サイファー)と同等スペックで大型試料にも対応するJupiter(ジュピター)が、オックスフォードからの選定装置候補として名前が挙がりました。他社のAFMも候補リストに挙げ、そこから社内で議論して3社まで絞り、デモ分析へ進めました。

デモ分析において、エラストマー内部構造の高分解能観察が最も難しい分析だと考えていました。私たちが本当に希望していたものは、分子構造を可視化するレベルです。そして、フォースマッピングを用いて最表面数nmの情報で物性値計測が分析可能なAFMというのは、エラストマーの内部構造を分析するために非常に優秀な装置だと考えるようになっていました。それを確認するためのデモ分析は重要です。

デモで見た実際のJupiterの印象は?

【佐藤 氏】エラストマーに関するデモでは、あまり踏み込んだ分析を依頼していなかったため、その段階の3社の結果にそこまで大きな違いはありませんでした。しかし、オックスフォードのJupiterのデモではデータを取得するまでの時間がとても速く、衝撃を受けました。分析の速度が他と全く違いました。実際に業務として分析に使用する上では、再現性が重要になります。再現性良く測定しようとすると、測定するピクセル数やプローブを上下させる速度など、測定パラメータの調整が必要になってきます。カンチレバーを励振させるタッピングモード測定において、ピエゾ励振ではなく光熱励振のblueDriveによるデータの高い再現性は、社内においても評価が高いものでした。「これだけ厳密に制御できる装置であれば測定時間を大幅に短縮することが可能となり、比較するための十分なデータが取得できる」と感じました。高い再現性とスループットが確認できると、次は限界の性能を知りたくなります。デモ当日に、予定にはなかった原子分解能レベルでの観察を依頼しましたが、Jupiterのみが成功にたどり着きました。試料は一般的な硫黄ゴムの架橋構造です。生ゴムに硫黄を混ぜ合わせると、硫黄によりゴム分子と隣接した別のゴム分子が連結される「架橋」により構造が形成されます。その架橋構造が形状像で観察できたのです。これは大変すばらしい結果です。実際にデモでこの構造が観察できたことが大きなインパクトとなり、装置選定の決め手となりました。

潤滑膜の分析のデモも行いました。摺動部分の金属母材と潤滑膜が、弾性率などの物性値マッピングにより評価できるだろうと考えていました。そして、ここで重要なことは試料の大きさです。普段の私たちの分析業務では、実際に使用された30 cmを超えるような大きな部品類が試料として持ち込まれることがあります。そのような試料を前処理なしで装置にセット可能な、広い試料室を備えたAFMを希望していました。残念ながら、試料加工が困難だったこともあり各社のデモ結果に大きな違いがありませんでしたが、Jupiterを超える大きさの試料室を装備するAFMは他にはありませんでした。さらに、オプションを追加して油中や水中の測定が可能となる拡張性の高さもポイントになりました。

導入後の「Jupiter XR」はいかがでしょうか?

【佐藤 氏】良好です。Jupiterを設置したENEOSの研究所は海岸沿いの埋立地盤に立地しているため振動が起こりやすく、設置環境を少しばかり心配していました。さらに、STEMなど他の装置も周囲にあるため電気ノイズにもケアが必要な環境でした。このような環境を配慮してJupiterを適切に設置していただきましたので、ノイズや振動の影響が無い良好なデータを取得できています。また、設置後にポリスチレンの原子分解能観察のトレーニングをお願いし、その際にも良好な像が得られていました。一般的にAFMはSTEMより高分解能と言われていますが、実際のところ環境要因などによりカタログ通りに性能が出るのか少々懐疑的でした。しかし、ポリスチレンの分子像が得られている結果を目の当たりにし、間違いなくJupiterがスペックどおりの性能を出していることがわかりました。また、サポートのレスポンスが早いこともありがたく感じています。質問に「まずここを試してください」というコメントが返ってきて、対応するスタッフの方々の装置の理解度が高いという印象です。また、条件の難しいエラストマーの分析ではトレーニングの形でエンジニアを派遣していただき、当社環境にて分析・評価まで行えるよう設定値の最適化を検討いただきました。限られた時間の中で我々の要望を十分に満たしていただき、エンジニアの質の高さを実感しています。

エラストマーの分析に関しては、すでに成果を論文*投稿し掲載されています。エラストマーに添加した化学物質により形成された架橋構造および同物質の分散状態が観察できています。さらに、ナノスケールの物性マッピングを行い、企図した物性変化が生じていることが確認できています。エラストマー以外でも、私たちの抱えていた課題がJupiterにより解決の道に進み、有効活用できていると感じています。

*Chino, K.; Multinetwork Elastomer Using Covalent Bond, Hydrogen Bond, and Clay Plane Bond. ACS Omega 2021, 6, (46), 31168-31176. https://doi.org/10.1021/acsomega.1c04633

従来機から進歩したと感じた点

【佐藤 氏】実を言えば、選定検討の初期段階において他社AFMで採用されている「カンチレバー自動交換機能」を優先してはどうか、という意見が社内から挙がりました。しかし、カンチレバーや試料をセットし、アプローチ(プローブをサンプル試料表面に近づけるプロセス)、像の取得、それらを何回か行うようなトータルの測定フローを想定すると、Jupiterの方が短時間で測定が完了できると判断しました。Jupiterではプローブ取り付け後に行うアプローチが自動化されています。この機能は、実際にAFMを使用する立場から考えると、十分に注意を払わなくてはならないプロセスがソフトウェアのボタン一つでアプローチが完了し、AFMの初期ユーザーにとっても非常に有用かつ簡便な機能だと感じています。このことにより大幅なスループット向上が実現しています。従来のAFMでは、マイクロスコープを用いて試料表面を確認し、ネジを回して手動でプローブをサンプル表面に近づけ、表示される電流値を見ながら20分かけてアプローチを完了させていました。それがJupiterでは、画面からボタンを押してアプローチ完了、さらに30秒~1分程度で測定パラメータの調整ができるため、試料セットからアプローチにかかる時間は十分の一程度に短縮されています。

アプローチと観察に要する20~30分のサイクルで1視野が得られる従来の場合、実際の現場において試料ごとに異なる最適な測定パラメータを丁寧に検討している時間はありません。いつくかの試料を比較する際、経験的に決めた測定パラメータを使用して測定を始め、その条件に適さない試料が出てきた時点で測定パラメータの再検討を行わなければならず、全て再測定となっていました。私たちのもとには、日々様々な形態の試料が届き、最適な測定パラメータもそれぞれ異なります。

一方、Jupiterではまず予備的に各試料の測定を行い、次に比較に適した測定パラメータを使用して再測定しても半分以下の時間で済みます。観察結果を出すまでの速さが全く違います。比較するためには条件合わせが大変重要ですが、従来機を用いてそれを合わせこむとは非常に困難なことでした。この測定の速さは、デモ当日に体感したものです。デモ当日に、形状像、弾性率像さらに高分解能像のデータを取得していただいたのですが、これは真面目に測定を行うと1週間かかる仕事になってしまいます。驚愕のスピードでした。そして、実際に自分自身で使用していても、従来機とは全く違うAFMだと実感しています。

今後のAFMに期待すること

【佐藤 氏】物性マッピングは大きく進化していると思います。以前は、硬さの分布に関してもタッピングモードの位相像から解釈していたところが、弾性率として表示できるようになっています。さらに、試料表面の電流が流れやすい場所をマッピングするコンダクティブAFMなど、電気特性評価も非常に面白いと思っています。エラストマーの場合では、組成はほぼ同じという試料においても、何か構造がある場合に異なる電流値を示す場合がありますが、それを確認するためには放射光施設を使用するような実験となってしまいます。それと類似したナノスケールの電気特性がAFMで分析できるのは非常に面白いと思います。他にも試料引張ステージのオプションは、in situ分析が可能となり興味があります。

ここからさらにとなると、組成分析とのコリレーション解析になってしまうと思います。分析位置を追跡できるようなアタッチメントなどを用いてでも、形状と物性、さらに組成まで合わせて分析することができれば、また新しい知見が得られるかもしれません。

インタビューご回答者のプロフィール(敬称略)

佐藤 瑠栄(さとう るさか)

ENEOS株式会社
中央技術研究所 ソリューションセンター 解析グループ

2006年 ENEOS株式会社(旧新日本石油) 入社

入社後、電子顕微鏡、X線装置を用いて材料の構造解析に従事。現在に至る。

(取材:2023年1月)
※記事の内容は取材時の情報です。

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